みずものココロ

こんにちは。福岡県糸島市在住。時々千葉に出没します。20年以上グラフィックデザイナーをやっています。来年度から実家の事業継承いたします。日々の思いの本音の本気を綴っています。

飢饉普請(ききんぶしん)

飢饉普請(ききんぶしん)という考え
~この時期に実家リフォームに踏み切った想い~

 

「飢饉普請」という言葉を知ったのは、「小林正観」さんの本を読んだ時でした。

言葉の意味は「生きたお金の使い方をする」ことらしいです。

 実家は、築約130年です。古民家・・・という感じは無いのですが、柱と梁は昔のままで、代々の当主がメンテナンスを繰り返して今に至ります。
私の父は、大変この家を愛しており、庭と自宅にはお金をかけてきました。
しかし、その父が度重なるリフォームのたびに除外してきたのが、屋内の浴室です。
 昔の農家では、屋外の汚れた身体をお風呂で清めて母屋に入るもので、浴室は湿気を伴うために「家が腐る」と断固として許しませんでした。


 しかし母は、長年農作業で足腰を酷使してきたために腰が曲がり、86歳で寒い冬に段差を超えて外の浴室に向かわせるのは限界を感じていた矢先、3年前に父が他界し昨年の母の脳梗塞発症を機に水廻りの大改築を計画しました。

 思い切ったにも関わらず、世の中は予想外の「新型コロナウイルス」での自粛期間中。
中国の工場停止で材料が入らない危険性が…大工さんからも「どうしますか?」との連絡が入りました。

 

 そこで私の頭の中によみがえった言葉が「飢饉普請」です。
この新型コロナウイルスの時期は、世界的に大不況が襲ってくることは目に見えています。
もちろん、世間的にはこの時期に行動を起こすのは正気の沙汰ではないのかもしれませんが、回さないと経済は動かないし、この時期を逃しては、母の不自由な体のまま快適な暮らしは望めません。改築資金は生活費に回されて消えてしまう。
母に新しい部屋とすぐに行ける広いトイレ、雨や雪に遭わない軒続きのお風呂という、本来なら当たり前の生活をさせてあげたい、そう思うだけなのです。
形に残さねば、一生後悔すると思いました。

 それともう一つ。

実家の敷地内に、施工年が昭和22年の納屋があります。(築74年)
この納屋は、戦中に金属がほとんど供出されたために、釘が使われていない技法で造られています。 話によれば、敷地内にあった杉の大木が台風で倒木して納屋を壊してしまったために、やむをえず建築に踏み切ったらしいのですが、世の中が戦後の飢えの時期であり、日々の糧を求めていたのでたくさんの方に集まっていただき、皆さんに寝食を提供して建てられたと聞きました。
実家は、その当時存命していた私の曽祖父が建てた家で、周囲の村々のまとめ役をしていた時期もあったために、誰もが同じく苦しい時期だからこそ、率先して事を成す役割を担ったのだと思います。

 
だからこそ今、改築に踏み切るのが当主10代目である私の役割ではないかと感じました。
大工さんからは、中国産の材料でなければ調達可能とのことでしたので、国内産であれば自国のためにもなりますし、一石二鳥です。

 

 まだ私は、結婚して千葉と福岡の半々の生活しかできていませんが、残された人生をどれだけ世のため人のために尽くせる日々にできるかが、第三の人生のテーマであり課題と定めています。
この気持ちは、父方と母方から受け継いだ「責任」と「誇り」であり、両家とも決して裕福ではなかったけど、人のために尽力した血筋であると感じています。
今、とてもきつい日々ですが、とにかく踏みとどまらず何かの行動を続けていくことが突破口になると信じています。
私の体には、代々の知恵と勇気が組み込まれています。
誰の身にも同じだけあります。
自分を信じることが「自信」です。 だから先祖に感謝しなければ!(^^)!

自粛の時は「お墓参り」したら、何かが降ってくるかもしれませんね。(閃きなど)

長文へのお付き合い、ありがとうございました。